シン・ニホンシ

日本の歴史を新しい視点でとらえ、検証し、新しい未来を考える

300.古代の人びとにとっての鏡

古代の人びとにとって鏡とはなんだったのだろうか。次の流れで紹介していく。

・日本における鏡の始まり
神道と鏡
・金属製の鏡
・明鏡止水
神道の教えと鏡
・鏡に映るのは何か

■日本における鏡の始まり

日本に鏡が持ち込まれたのはいつだろうか。
弥生時代前期、多紐細文鏡(たちゅうさいもんきょう)が現れる。

この鏡は北東アジアから朝鮮半島に分布するとされる。

そして弥生時代中期には中国から船によって鏡が持ち込まれた(舶載鏡)
その後も途切れることなく中国から日本に鏡が日本に持ち込まれる。
やがて、日本でも鏡が製作されるようになった。
↓はe国宝、多紐細文鏡が画像で確認できる

emuseum.nich.go.jp

神道と鏡
「古鏡の秘密」によれば、
神道では山、そして岩、樹木にも神や精霊が宿るとされてきた。
そして鏡においても、神の降臨する依代(よりしろ)とされ、信仰された。

天皇が即位する際に、三種の神器が用いられる。
その中に鏡もある。

■金属製の鏡
古くは東アジアにおいて年代が判明している金属製の鏡は4000年前の石器時代にまでさかのぼれるという。その後、殷周時代を経て、春秋戦国時代に精巧な金属製となった。

なお、古鏡がみつかると、必ず酸化しており、錆びた状態で見つかることになる。
しかし、作製当時は新しい状態であり、輝いた状態であった。

■明鏡止水
鏡を使った言葉に「明鏡止水(めいきょうしすい)」がある。
心の状態をあらわす言葉で、清らかで澄みきった様子を表す。
荘子の言葉である。
荘子道教の始祖のひとりで、紀元前369年頃 - 紀元前286年頃の人物。

神道の教え
神道の教えは自然とともにありのまま(自然体でという意味)に生きていくという、アニミズムが根本となっている。

素朴であった。
偶像を作製し、それを崇拝するという思想はなかった。
素朴イコール低レベルということではない。

古事記や日本書記をみていくと、自然、自然現象、そして日本人であろうが、渡来人であろうが優れた人物であればやがて神として祀り上げていることがわかる。

自分と異なるものを排撃するのではない。
他とともに活かしあい、共存していくというのが根本思想であった。
ゆえに、「個」という思想が西洋の人に比べれば薄く、「集合体」にやや近い。
「生きている」というよりも大自然と共に生きているがゆえに「活かされている」が近い。

■鏡に映るのは何か
鏡とはなんだったのであろうか。

鏡をみる。
自分自身の姿が映る。

普段良いことをしている人でも、
悪いことをしている人でも、
ありのままの自分が映る。

神とは。
古代、人のため、国のために活躍した人びとが神となっていった。
他人のために尽くし、生きている人であれば神と言えるだろうか。
そういう定義であるとすれば、
鏡に映っている人物とは?

鏡をみる。
神が映るだろうか、それとも違うものが映るのだろうか。

神を見る。
鏡に映った神性を見る。

その道具として、
古代、鏡があった。

<参考>
・古鏡のひみつ 「鏡の裏の世界」をさぐる 新井悟 編著
孔子 - Wikipedia
老子 - Wikipedi