シン・ニホンシ

日本の歴史を新しい視点でとらえ、検証し、新しい未来を考える

173.伽耶琴(カヤグム)と楽師の于勒

ここでは伽耶の琴を紹介、かつて伽耶が存在していたことをより具体化する。

伽耶(または加羅
1世紀~6世紀にかけて存在していた連盟のような国々。主に現地の倭人が調をとるなどし緩やかに治めていたと思われる。新羅が532年に南部の金官国を、562年には洛東江(ナットンガン)流域の加羅諸国を滅ぼした。
↓は伽耶の位置

ja.wikipedia.org

加耶
正倉院には伽耶の琴が納められている。新羅琴と呼ばれている。しかし正しくは加耶琴である。↓以下で加耶琴が確認できる
www.nishinippon.co.jp

■于勒(うろく)
三国史記」によると于勒は6世紀ころ、大伽耶の第7代王・嘉悉王(かしつおう)からの依頼を受けて中国の箏(こと)を模して伽倻琴を発案した。そして十二弦琴を作曲した。伽耶は12の部族からなる国で地方ごとに方言があり言葉が違うためお互いに言葉が通じない。そのため于勒には音楽を作ることを命じたとされる。

■于勒がつくった12曲
三国史記」に下記の12曲の曲名が残っている。
1.下加羅都(かからと)
2.上加羅都(じょうからと)
3.宝伎(ほうぎ)
4.達巳(たつし)
5.思勿(しぶつ)
6.勿慧(ぶつけい)
7.下奇物(かきぶつ)
8.師子伎(ししぎ)
9.居烈(きょれつ)
10.沙八兮(さはちけい)
11.爾赦(じしゃ)
12.上気物(じょうきぶつ)

伽耶琴について
参考①:↓下記YOUTUBEにて伽耶琴の紹介がある。

www.youtube.com

■カヤグムによる演奏
参考②:↓下記YOUTUBEにてカヤグム散調を確認できる。
www.youtube.com

参考③:↓下記YOUTUBE北朝鮮の少女によるカヤグムの演奏

www.youtube.com

■豆知識
・大加羅を昔は意富加羅(おほから)と表記していたことも。意富はイトとも読める。
仲哀天皇新羅を討つ際のエピソードに琴が登場する。これは加耶琴を指すと思われる。
・古代豪族の物部氏の、物部麁鹿火(もののべ の あらかひ/あらかい)の名前に「あら」と「かひ」が入る。あらは「安羅」、かひは非火などから来ているのかもしれない。伽耶のうちの金官、古寧、非火(ひか)、阿羅、星山などのうちの”非火(ひか)”などから名づけたのだろうか。物部氏百済の倭系官僚でもある。

■感想
・音楽や芸術はやはり頭でっかちの知識を超えて、言葉とかわからなくても、知識とかなくても人々の心をつなげられる力があると思います。

<参考>
・古代の日本と加耶 田中俊明
・大加耶連盟の興亡と「任那加耶琴だけが残った 田中俊明
于勒 - Wikipedia
嘉悉王 - Wikipedia
物部麁鹿火 - Wikipedia