恵比須とは何か。エルとは何か。今回はエルの謎を解くことで、磯良恵比須(イソラエビス)が何を示していたかがわかる。そして同じく磯(イソ)も古代、西方由来の人びとであったのではないかということを示す。次の流れで紹介していく。
・恵比寿
・エルとは何か
・住吉と墨江
・墨江とエビス、製鉄時に関連のある墨やスス
・住吉大社・住吉神社と三韓国征伐
・石上(いそのかみ)
・磯良恵比須(イソラエビス)はイソラ・エル
■恵比寿(前記事より再掲)
七福神の中で唯一日本を由来とする神とされている。
日本書紀の伊邪那岐命、伊邪那美命の間の第1子「蛭子(ヒルコ)」、あるいは大国主神の息子の「事代主神(コトシロヌシ)」などを祀ったものとされる。
特徴は右手に釣ざお、左手に鯛を抱えていることが多い。
古くは漁業の神であったとされるが海運守護、商売繁昌、五穀豊穣の神など福の神として時代によって変遷している。
蛭子は「えびす」とも。
古事記ではイザナギ、イザナミの国生み、神生みにて、たくさんの島や子が生まれる。が、蛭子(ヒルコ)と淡島(アワシマ)は産んだ子の数に入れないことをわざわざ注釈で記する。
これはどういうことだろうか。
エビスは渡来人であり、一方で淡路島と関連があることを暗示していると考えられる。
淡路島にたどり着いた民族は別記事にて紹介予定。
↓エビスは西方由来の神ではないかと疑問を提起した回
■エルとは何か
ユダヤ教、キリスト教の七大天使に「エル」がみられる。
例えば、
・ミカエル
・ガブリエル
・ラファエル
・ウリエル
でこの4人の天使は教派や経典によって共通とされる。
ほか、根拠とする出典によって変わるが
・ラグエル
・サリエル(ゼラキエル)
などがいる。
日本では天王や天皇が天の使いであった。
西洋のユダヤ教やキリスト教においてエルは天使の名前の一部であるが、称号のようなもので「神の使い」であっただろう。
エビスも日本において同じく神であった。
西方由来の人びとにとってはエルと同様に「エビス」を込めたのではないだろうか。
以降、エビス、スミヨシのつながりをみていく。
■住吉と墨江
「住吉」は現在は「スミヨシ」と読む。
かつては「墨江(スミノエ、スミエ)」であったとされる。
「住之江」も同じ語源である。
よって、住吉、墨江、住之江はバーリエーションの違いであって同じものである。
住之江が地名として残るのはどこだろうか。それは、
・佐賀県有明海湾の奥部の住之江港付近
・大阪府大阪市の住之江区
がある。
いずれも入江であり海や港とつながりがある。
海から渡来し、海洋を移動していたことが想像される。
■墨江とエビス、製鉄時に関連のある墨やスス
前述の通りで、墨江は「スミノエ、スミエ」と読む。
一方、このスミエという言葉に「寿美恵(すみえ、すみのえ)」がある。
この字は墨江の漢字を「寿美恵(すみえ、すみのえ)」変換したものである。
この「寿美恵(すみえ)」を逆から読む。
すると「エビス」となる。
スミ(墨)には、製鉄時に生産される鉄、燃料としての墨、そして排出される「すす」などとつながりがあると考えられ、古代に製鉄技術を持った渡来民族が想定される。
■住吉大社・住吉神社と三韓国征伐
「住吉」関連の由来を持つ神社にはどのようなものがあるだろうか。
住吉三神を祀る神社は日本全国にどれくらいあるかというと、約600社あるとされる。
最古の住吉神社は長崎県壱岐市の住吉神社。
祭神に住吉三神のほか、息長足姫命(神功皇后)を祀る。
この神社のほか、
・福岡県福岡市の住吉神社
・山口県下関市の住吉神社
三韓征伐に由来するとされる。
仮に非実在であったとしても、神功皇后の三韓征伐のエピソードの中にも渡来の歴史が埋め込まれているのだろう。
↓は住吉大社、由緒
■石上(いそのかみ)
石上神宮(いそのかみじんぐう)は奈良県天理市にある日本最古の神社の一つ。
「石上」は磯神(イソカミ)が転じ、石上となっていったのではないか。
七支刀はメノラーを模した刀であると考えられ、まず間違いない。
七支刀が倭国に献じられた年代には諸説があるが、その時代には西方由来の民族が百済まで渡来していただろう。
あるいは、既に日本にたどり着いていた民族が勃興してきた時代なのかもしれない。
↓は石上神宮公式サイト
↓は七支刀はメノラーを模した刀であることを紹介した回
■磯良恵比須はイソラ・エル
ここまでで、
エビスはエルと同様の意味を持つ。
「磯良恵比須(イソラ・エビス)」は西方由来の民族にとっては「イソラ・エル」と同じであることを示した。
さて、イスラエルのスペルはYsraelでYsra-el、現在は国名である。
しかし、古代において、元はイスラエル12族の族祖であるヤコブに授けられた名前であった。
「神と闘う人」という意味を持つとされる。
磯良が示すイスラ、イソの神はユダヤ教、キリスト教どちらの神だろうか。
実はどちらも同じ神であり、GOD、ヤハウェ、アッラーは同一、同じ神を示している。
石上(いそのかみ)は上述のイソ、布留(ふる)という言葉はへブル語の「フル」から取られた言葉のように思う。
また「古事記」においても、フルがみられる。昔の読み方は「こじき」ではなく「フルコトフミ」であり、フルの言葉の音韻を埋め込む。これはたまたまだろうか、それとも企画されたダブルミーニングなのだろうか。
古い時代の記録を、そして自分たちの出生の物語を埋め込みながら神話化していったのだろうか。
<参考>
・神坐す沖ノ島海の正倉院 藤原新也
・wikipedia、七大天使
七大天使 - Wikipedia
・wikipedia、住吉三神
住吉三神 - Wikipedia