シン・ニホンシ

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354.真野20号墳・金銅製双魚袋金具と鴨稲荷山古墳・双魚佩とイクトゥス

過去記事にてインドのアヨーディヤーに双魚文様がみられることを紹介した。今回は「双魚」をテーマとし、真野20号墳から出土の金銅製双魚袋金具、そして鴨稲荷山古墳から出土した双魚を取り上げる。次の流れで紹介していく。

首露王(しゅろおう)の妃とインドのつながり
福島県・真野20号墳の金銅製双魚袋金具
・イクトゥスはギリシャ語の魚から
・鴨稲荷山古墳と双魚佩(そうぎょはい)

首露王(しゅろおう)の妃とインドのつながり

首露王金官加羅国の始祖とされる人物。

その妃は許黄玉(きょ こうぎょく)
阿踰陀(あゆだ)国の王女とされる。

阿踰陀国の候補はいくつかある。
インドの
アヨーディヤーの建築の紋章と首露王陵の正門の大梁に刻まれた双魚文様が同じである。このためアヨーディヤーとする説が最有力とされる。
↓は金官伽耶の王を紹介する中で双魚文様が登場した

shinnihon.hatenablog.com

福島県・真野20号墳の金銅製双魚袋金具

福島県南相馬市鹿島区に所在する真野20号墳から金銅製の双魚の金具が出土している。

真野古墳群(まのこふんぐん)について。
所在は福島県南相馬市鹿島区寺内・小池。

前方後円墳と多数の小円墳で構成される。
築造は5世紀から6世紀とされる。
ほとんどが直径10mほどの小型の円墳とされる。
有名なのは20号墳、49号墳とされる。

・20号墳:
 形式は前方後円墳
 大きさは墳丘長28.5m。
 周濠を持つ。
 くびれ部に横穴式石室を模して造られたと推測される礫槨がある。
 直刀、鉄剣、馬具、金銅装双魚佩が出土。

・49号墳:
 形式は円墳
 大きさは径21m。
 礫槨内から斧、鎌、槽などの石製模造品が出土。

↓は文化遺産オンライン、真野20号墳出土の金銅製双魚袋金具

bunka.nii.ac.jp

↓は文化遺産オンライン、真野古墳群

bunka.nii.ac.jp

■イクトゥスはギリシャ語の魚から

この5世紀から6世紀代の「双魚」について。
ギリシャ語に魚を意味する「イクトゥス」がある。
スペルは「ichthys」あるいは「ichtus」とされる。
ギリシャ語では「ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ」で、「イエス、キリスト、神の、子、救世主」の頭文字を並べたものにあたる。

キリスト教の初期においては信仰を公にできなかったとされる。
このためキリスト教において、教徒が隠れシンボルとして用いたようだ。

片方が魚の弧の方側を描き、もう片方が反対の弧を描くことで共通の信仰を確かめたようだ。

キリスト教に対する弾圧の状況が変わっていったのはミラノ勅令後。
313年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世(西方正帝)とリキニウス(東方正帝)が連名で発布。これ以降でやがてキリスト教の信仰が認められるようになっていった。

■鴨稲荷山古墳と双魚佩(そうぎょはい)
鴨稲荷山古墳の所在は滋賀県高島市鴨。

形式は前方後円墳
築造は6世紀前半。
大きさは推定50m。
刳抜式家形石棺がある。
出土品は多くの副葬品がみられ、金銅冠、環頭大刀、金製耳飾、魚佩など、地方豪族にしては豪華すぎるとされる。
↓はgooglemap、鴨稲荷山古墳

maps.app.goo.gl

↓はYOUTUBE、高島歴史民俗資料館の鴨稲荷山古墳、被葬者の状況が確認でき、双魚佩の形も確認できる

www.youtube.com

↓は日経オンラインでの鴨稲荷山古墳の紹介記事、復元された副葬品の豪華さは圧巻

www.nikkei.com

鴨稲荷山古墳の被葬者はこの地で生まれたとされる第26代・継体天皇を支えたとされる
三尾君首長、あるいは継体天皇の皇子(大郎皇子)ではないかと推定されている。

三尾君首長と継体天皇とのつながりについて。

彦主人王(ひこうしのおう)が三尾氏一族の振媛(ふるひめ)と結婚。
その間に男大迹王(ヲホドノオウ、継体天皇をもうけたとされる。

上記の動画の中で中国北方系の短剣の鋳型(双環柄頭短剣鋳型)が出土していることが紹介されている。古代史における三尾氏の重要性が増しているとされる。

↓にて三尾氏の出自に関しての紹介がみられる。

『福井県史』通史編1 原始・古代

<参考>
福島県文化振興財団 真野古墳群A地区20号墳出土金銅製双魚佩(甲)の復元製作1
イクトゥス - Wikipedia
ミラノ勅令 - Wikipedia