王冠、特に金冠をテーマとし、金冠が出土している古墳などを取り上げる。次の流れで紹介していく。
・韓国・天馬塚古墳の金冠
・韓国・大韓民国慶州市の金冠塚
・韓国・新村里9号墳の金銅冠
・韓国・大邱市の金銅冠
・茨城県・三昧塚古墳(さんまいづかこふん)の金銅馬形飾付透彫冠
・福井県・二本松山古墳の金銅製冠
・熊本県・江田船山古墳の金銅製冠
・滋賀県・鴨稲荷山古墳の金銅冠
・福島県・金冠塚古墳の金銅製冠
・群馬県・山王金冠塚古墳の金銅製冠
・奈良県・藤ノ木古墳の金銅製冠
■韓国・天馬塚古墳の金冠
かつて新羅のあった天馬塚から、ローマからの影響を受けた物品が多数見つかっている。
シルクロードを通じてローマ方面から新羅にまで物品が到達していた。
天馬塚古墳の築造は5世紀末から6世紀頃とされる。
↓奈良国立博物館、特別展、黄金の国・新羅 のページにて、天馬塚古墳出土の金冠(韓国国立慶州博物館所蔵)が確認できる。
https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/200407_shiragi/
メノラー(燭台)を模した金冠だろうか。
なお新羅の冠位制においてペルシアのササン朝の「ササン」と思われる冠位がみられる。
↓新羅の冠位制を考察した回
■韓国・大韓民国慶州市の金冠塚
大韓民国慶州市にある古墳群のひとつが金冠塚。
築造は5世紀末頃とされる。
形式は円墳。
大きさは直径・約46m。
被葬者が身に着けていたものに
・金冠
・切子玉
・小玉
・勾玉を連ねた首飾
・金製腰佩(ようはい)
・金銀製釧(くしろ)
・指輪
・金銅製飾履(しょくり、かざりぐつ)
があるとされる
また、 環頭大刀が出土。
環頭大刀に「尓斯智王」が刻まれるている。
ただし、どの王かは不明とされる。
■韓国・新村里9号墳の金銅冠
金銅冠が出土している。
新村里9号墳を含む潘南古墳群は、紫微山を囲む台地に造営された新村里古墳群、大安里古墳群、徳山里古墳群を指す。
これらは5~6世紀代の首長墓とされる。
↓は韓国、羅州博物館、羅州新村里9号墳が金銅冠
↓は國學院大學、新村里9号墳が取り上げられている
■韓国・大邱市の金銅冠
制作地は加耶とされる、伝・大韓民国大邱市から出土の金銅冠。
6世紀とされる。
↓文化遺産オンライン、金銅冠
■茨城県・三昧塚古墳(さんまいづかこふん)の金銅馬形飾付透彫冠
金銅馬形飾付透彫冠が出土していることが特筆である。
所在は茨城県行方市沖洲。
形式は前方後円墳。
大きさは墳丘長82.1m。
埋葬は組合式箱式石棺。
築造は5世紀中葉~後半とされる。
出土品に
・金銅馬形飾付透彫冠:1点
・金属製品:一括
・砥石:1点
・玉:7点
・竪櫛残欠:1点
・石棺:1組
・鉄製品残欠一括
・ガラス小玉残欠一括
・埴輪残欠:22点
がある。
↓はgooglemap、三昧塚古墳
↓は茨城県教育委員会、三昧塚古墳、金銅馬形飾付透彫冠の大き目の画像が確認できる
↓は文化遺産オンライン、三昧塚古墳
■福井県・二本松山古墳の金銅製冠
所在は福井県永平寺町。
松岡古墳群に属する。
形式は前方後円墳。
大きさは墳丘長89m。
築造は5世紀後半。
出土品に金銅製冠、仿製四獣鏡、甲冑などがある。
↓は文化遺産オンライン、金銅製冠 / 鍍銀冠(とぎんかん)
↓は文化遺産オンライン、金銅製冠 / 鍍金冠(ときんかん)
↓はwikipedia、二本松山古墳
松岡古墳群は国の史跡に指定された4つの古墳を指す場合がが多い。
・手繰ヶ城山古墳:前方後円墳、全長約129m、築造は4世紀中葉頃
・鳥越山古墳:前方後円墳、全長53.7m、築造は5世紀中葉頃
・石舟山古墳:前方後円墳、全長79.1m、築造は5世紀中葉頃、陪塚の方墳がある
・二本松山古墳:上述、前方後円墳、全長89m、5世紀後葉頃
↓はwikipedia、松岡古墳群
・全長46m、復元長は61m
・形式は前方後円墳
・周濠は盾形
・出土品に銀錯銘大刀(ぎんさくめいたち)がある。
直刀に75字の銘文が刻まれている。銀錯銘大刀には文字のほかにも模様が描かれている。
ペガサス、鳥、魚の文様が描かれている。
鉄剣は現在は東京国立博物館にて所蔵されている。
・被葬者は現在は3人いたと考えられている。
うち一人は鉄剣に記されている典曹(役所の仕事)に仕えたムリテ(无利弖)と考えられている。
・築造時期は5世紀後半頃とされる。
なおワカタケルに関する鉄剣が発見された埼玉の稲荷山古墳も年代は同じ時期の5世紀後半である。↓は文化遺産オンライン、江田船山古墳出土の金銅製冠(模造)
↓は江田船山古墳を取り上げた回
■滋賀県・鴨稲荷山古墳の金銅冠
形式は前方後円墳。
築造は6世紀前半。
大きさは推定50m。
刳抜式家形石棺がある。
出土品は多くの副葬品がみられ、金銅冠、環頭大刀、金製耳飾、魚佩など、地方豪族にしては豪華すぎるとされる。
↓は日経オンラインでの鴨稲荷山古墳の紹介記事、復元された副葬品の豪華さは圧巻
↓は鴨稲荷山古墳を取り上げた回
■福島県・金冠塚古墳の金銅製の冠
所在はいわき市錦町堰下。
築造は6世紀後半。
形式は円墳。
大きさは直径約28m。
埋葬は横穴式石室、全長約7.5m。
羨道、前室、後室から成る。
追葬によって床面が3層に分かれている。
出土品に
・金銅製の冠
・耳環
・玉類
・馬具
・須恵器
・計13体分の人骨
などがある。
↓はgooglemap、金冠塚古墳
↓はいわきデジタルミュージアム、金冠塚古墳
■群馬・山王金冠塚古墳の金銅製冠
群馬県前橋市の金冠塚古墳から天馬塚古墳の金冠とよく似た冠が出土している。
所在は群馬県前橋市山王町。
古墳の形式は前方後円墳。
規模は墳丘長52m。
埋葬は両袖式横穴式石室。
出土品に
・金銅製冠
・金銅製大帯
など多数の副葬品がある。
築造時期は6世紀後半。
↓はwikipedia、山王金冠塚古墳
所在は奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西2丁目。
形式は円墳。
大きさは直径約48m。
築造は6世紀後半。
出土品に
・金銅製冠
・履
・馬具
・飾大刀
・剣
などがある。
埋葬は横穴式石室、石室内に家形石棺がある。
成人男性2人が合葬されていた。
ティリヤ・テペ遺跡は紀元前1世紀~紀元後1世紀と推定される遺跡。
5基の女性墓と1基の男性墓が発見されている。
バクトリアの黄金とも呼ばれているという。
↓はkorea.net、東西文明の交差点、アフガニスタンの黄金文化の記事、金冠の画像あり
https://japanese.korea.net/NewsFocus/Culture/view?articleId=138296
↓はnational geografic、ティリヤ・テぺ遺跡からの出土品による特別展「黄金のアフガニスタン」のページ
シルクロードのオアシスルートにおいてバクトリアの先にホータン(コタンとも)がある。バクトリア、ホータンともインド仏教を受け入れた国家。
これらの国々の民族の東漸(とうぜん)によって中国、韓国、そして日本へと仏教や金冠の文化はもたらされた。
日本において金工品が流行した時期は4世紀~7世紀前半頃まで。
5世紀を境にして大きな変化がみられるという。
■まとめ
・中央アジア・遊牧民国家:紀元前1世紀~紀元後1世紀
・韓国・天馬塚古墳の金冠:5世紀末から6世紀頃
・韓国・大韓民国慶州市の金冠塚:5世紀末頃
・韓国・新村里9号墳の金銅冠:5~6世紀
・韓国・大邱市の金銅冠:6世紀
・茨城県・三昧塚古墳(さんまいづかこふん):5世紀中葉~後半
・福井県・二本松山古墳の金銅製冠:5世紀後半
・熊本県・江田船山古墳の金銅製冠:5世紀後半頃
・滋賀県・鴨稲荷山古墳の金銅冠:6世紀前半
・群馬県・山王金冠塚古墳:6世紀後半
・奈良県・藤ノ木古墳:6世紀後半